影を追いかけて ~スーン・ヴァナラ氏へのオマージュ




東京のスタジオでの制作過程

あじびレジデンスの部屋 第Ⅲ期
天空へはばたく凧―スーン・ヴァナラ
日時:2024年1月2日 (火) 〜 2024年4月9日 (火)
場所:アジアギャラリー、福岡アジア美術館
詳細:https://faam.city.fukuoka.lg.jp/exhibition/17082/

作品《影を追いかけて ~スーン・ヴァナラ氏へのオマージュ》は「あじびレジデンスの部屋 第Ⅲ期 天空へはばたく凧―スーン・ヴァナラ」展のために制作されました。本展はスーン・ヴァナラ氏が2002年に福岡アジア美術館の滞在制作プログラムに参加した当時のことを紹介するものです。


ステートメント(会場で配布したPDF版
私はこの数週間東京で、竹の棒を丁寧に削り、籐にヤスリをかけてきた。スーン・ヴァナラのアート作品に応答するものを作るために。自分なりにカンボジアの伝統凧である「カレンエク(Khleng Ek)」を制作することを決めてからは、2002年に行われた彼のワークショップの資料や、彼を知る人々から聞いたエピソードなどを参考にしてきた。凧の複雑な構造への理解が深まるとともに、凧は次第に形になっていく。それと同時に、自然資源、歴史、暮らしについてなど、私のカンボジアに対する洞察も深まっていった。

美術作品としての凧
全ての発端は、昨夏の福岡アジア美術館のアーティスト・イン・レジデンスで、ヴァナラ氏の作った2つの凧を鑑賞したことだった。当時、私は九州の凧文化についてのリサーチと並行して、目をモチーフにした凧の制作準備を始めたばかりだった。偶然にもヴァナラ氏の作品は、彼の凧のアイデアが生まれた美術館の一角にある交流スタジオにひっそりと保管されていた。

私はその存在感に感銘を受けた。どちらの凧も複雑な構造で、魅惑的な形をしている。それらは揚げるためのものではなく、室内に飾るために作られたものだった。このことがきっかけとなり、私はアート作品としての凧について考えを深めることになった。いろいろ知りたくなった。この形は何にもとづいているのだろうか、なぜ楽器が付いているのだろうか。一番気になったのは、彼が福岡で凧を作ることになった理由だった。こうした疑問を解く鍵を探すため、私はカレンエクの歴史を探ることにした。

響き渡る凧の音
古代カンボジアの凧揚げの伝統は、アニミズム的な信仰や農耕儀礼と結びついた儀式的な意味を持っていて、紀元前400年頃までにさかのぼる。カレンエクは、上部に弓状の楽器をのせた楽器凧だ。クメール語で「カレン」とは凧のことで、同時に猛禽類の意味を持ち、大空を舞う自由を象徴する。また「エク」にはユニークと楽器の意味があり、まさにこの凧にうってつけの名前だ。次の年の収穫の見通しを占う手段として、日が暮れてから凧を揚げ、その音に耳を傾けることもあるそうだ。

時が経つにつれ、凧揚げの意義は農業の発展や信仰の変化とともに変わっていった。とりわけクメール・ルージュ政権が圧政を敷いた70年代頃には、凧揚げ禁止令まで出された。

90年代初頭には、文化的抑圧や地雷などの脅威のために、カンボジアの伝統的な凧作りは、ごく少数の高齢者しかできなくなっていた。しかし、1994年以降、凧揚げフェスティバル、競技会、教育イベントなど、この伝統を守るための積極的な取り組みが行われている。カレンエクの復活は、平和の象徴であり、カンボジア人の文化的アイデンティティの形成にも繋がるなど、彼らにとって大きな文化的意義を持っている。

ヴァナラ氏の遺産
ヴァナラ氏の福岡アジア美術館でのレジデンス滞在から20年以上が経つが、今、私たちが彼の作品と再び対峙することは、継続する戦争や紛争という形で表出する政治的対立、環境問題、混乱などが起きている現状において重要な意味を持つのではないだろうか。凧は儀式に使われることもあれば、平和な時代には玩具として楽しまれるなど、さまざまな側面を持っている。しかし、私は凧が戦時中の攻撃に使われてきたという、軍事的な側面についても考えずにはいられない。

ヴァナラ氏は、福岡では自由を感じたと書き残している。創作だけに没頭できる環境が実験的な試みを後押しした。。彼にとって、コラボレーションや彫刻的な凧作り、インスタレーション制作はまったく新しい試みだった。そして、彼が行ったワークショップは、凧の楽しさを共有するものだった。あまり多くを語らない人だったようだが、作品は力強く、平和への願いが込められている。

「レジデンスの部屋 天空にはばたく凧~スーン・ヴァナラ」展のために制作している作品は、私が近年制作してきた「見つめる目」をモチーフにした凧の延長線上にある。この作品は、私の発見と探求の蓄積と痕跡の塊だ。ヴァナラ氏の実験的な精神と、共有体験への関心を反映して、一対の作品にした。私たちが凧を見たとき、凧は私たちをどのように見返すだろうか。

2023年12月 東京
清水美帆


東京のスタジオでの制作過程